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Interview

『我がため ウチごはん』(1) 料理研究家 渡辺康啓さん

我ら、『せせチャンネル』にハマる

「こないだの白い酢豚、見た?」「見た、見た。大量に作ったのに家族で完食してしまった(笑)」「黒酢とか使わずに出汁と米酢使うのがオモシロいよね」

近ごろ顔を合わせると話題に上るのは、YouTube『せせチャンネル』のレシピである。栄養士の資格をもち、家族のために日々腕をふるう編集長・T、お酒をおいしく呑むためなら労力を厭わないディレクター・M、普段は筋肉のための料理しかしない筆者。料理に対する姿勢も腕前も三者三様ながら一同、『せせチャンネル』にハマっている。材料も手順少ないのがお気に入りだ。料理ベタな筆者でも作ってみようという気にさせてくれる。実際に作ってみても簡単にできるし、なによりもうまい。なんだか洒落た仕上がりになるのもまたいい。特に、料理の酸いも甘いも噛み分ける上級者、編集長・Tはどハマり中である。「下処理とか、調味料の入れるタイミングとか、セオリー通りじゃない。でもって、めちゃくちゃ時短!私が今まで習ってきたことはなんだったんだろう?」と、衝撃を受けまくっている。

前置きが長くなったが、我らが惚れ込むYouTube『せせチャンネル』の主が今回の主役である。コロナ禍になり昨年から始めたという『せせチャンネル』より、料理家名の方が通りがいいかもしれない。渡辺康啓さんである。『5分/15分/30分の料理 シンプルで美しい86の皿』『春夏秋冬 毎日のごちそう』(ともにマガジンハウス)、『果物料理』(平凡社)と、著書はどれも人気が高く、東京と福岡を中心に開催する料理教室はすぐに席が埋まる売れっ子料理家だ。

アパレルから料理の世界へ

 渡辺さんの料理への目覚めは意外にも遅い。母親がお菓子の先生だった影響で、幼い頃から身近にあったレシピ本を愛読していたものの、作ったことはまったくなかった。

「料理をはじめたのは、大学に入って東京で一人暮らしをするようになってから。喜んでもらえるのが嬉しくて友だちに振る舞うことはあったけど、料理の道に進むなんて考えてもいませんでした」

当時の関心事はファッション。ゆえに大学卒業後は迷わずアパレル業界へ。そんな渡辺さんの転機は、『コム・デ・ギャルソン』の販売スタッフとして働きはじめて5、6年後のこと。あるお客さまの「あなたは料理の世界にいった方がいいかもね」のひと言だ。

「公私ともに仲良くしていただいていたお客さまで、僕の料理を食べていただく機会も多かったんです。その方は料理人でもなんでもないんですけど、人生の先輩としてピンとくるものがあったんでしょうね」

驚くのはその後の渡辺さんの行動である。販売スタッフを続けながらではあるが、出張料理とケータリングを早々に始めたのだ。もちろん、最初は知り合いづてだったものの、次第に評判になり、ウエディングパーティの料理を任せられることも。また、出版社に務めるお客さまから声をかけられ雑誌に寄稿するなど、とんとん拍子に進んでいった。そして約1年後の2007年、料理家として独立を果たす。以降、料理教室をメインに、テレビや雑誌などのメディアに出演するほか、全国各地で地元食材を使った料理会を開催するなど、活躍の場は幅広い。

福岡への移住で変わったこと

渡辺さんの行動力でもうひとつ驚きのエピソードがある。2015年の福岡への移住だ。初めて福岡の地に降り立った瞬間に感じた「ここはいい」の直感に従い、その1年後には縁もゆかりもない福岡に住んでいるというバイタリティ!

「福岡に住んでみて一番感じるのは、食材が身近にある豊かさですね。東京にいるころは産地を意識したことなかったんですけど、ここでは近所のスーパーに行けば県産食材がゴロゴロ。肉に魚に、乳製品まで。特に野菜はおいしくて安い。料理のスタイルは変わらないけれど、福岡にきて野菜をたくさん使うようになりましたね」

原点は、真のイタリア料理

和、洋、中、ジャンルはさまざまだが、真骨頂はやはりイタリア料理だ。原点は、料理家デビュー後ほどなくして手にした、料理研究家・米沢亜衣さん(現在は細川亜衣さん)の『イタリア料理の本』。

「著者がイタリアの旅で覚えた料理をシズル感ある写真とともに紹介したレシピ本なんですが、野菜を煮ただけなど、正直地味な料理なのに力強くておいしくて。本を見ているうちに、日本のイタリアンレストランで提供されるものとは違う、真のイタリア料理に興味を抱くようになりました」

となれば、思い立ったが吉日。さっそくイタリアへ渡り、1カ月間食べ歩きを敢行。以来、イタリアの旅は1年に一度の恒例行事になった。「おしゃべり大好きなイタリア人とコミュニケーションをとるにはイタリア語をしゃべれないと」と、4年ほど前には語学留学をかねて3カ月間渡伊。

「評判のレストランを訪ねたり、仲良くなったイタリア人の家でごちそうになったり。そうして旅をするうちに気づいたのは、真のイタリア料理とは、日々の暮らしの中にある家庭料理だということ。身の回りにある食材を使ってその土地に伝わる調理法で作る、手作り料理なんです。ただ、細長い国土ならではの気候や環境の違いで、地方ごとに食材も調理法もガラリと変わるんですよね」

イタリア料理は、毎日食べても飽きない、食材のおいしさをシンプルに楽しむ渡辺さんの料理そのものである。

『我がため、ウチごはん』(2)茄子のフンゲット へ続く