ニッポンを知る旅 長野 ・上高地〜ネイチャーガイドと歩く〜
まずは熊について知るべし
「上高地を歩くなら、正しい知識を身につけて欲しいんです」
ネイチャーガイドの松田さんは開口一番そう告げた。
松田さんと歩くのは、日本が誇る北アルプスの美しい景勝地である「上高地」。ここは最寄りの松本駅からバスで1時間半の標高1500mの位置だ。マイカーでは立ち入ることができず、11/16〜4/16の冬期は閉山する。閉山後の1月にはマイナス30℃を下回る寒さが厳しいエリアだ。閉山目前のこの日、紅葉が深くカラマツの葉が雪のように舞い、奥穂高はうっすらと雪化粧をして一枚の絵画のようだった。
「危険なモノを知ってください。まずは、クマに関する知識です」
大きく頷ける話題である。上高地では至る所に「クマ情報」の張り紙があり、鳥の鳴き声よりクマ鈴の音の方が盛んだ。
「この上高地は、そもそもクマや猿などの動物の生息地です。そこへ人間が踏み込んでいると理解してください。それなのに、クマが出没した!というのは真逆の話ですよね?」と問う。
クマはこの地で生を受け生きるために、1日中縄張りで餌を探し回るのはごく自然なこと。ここで自然災害や人間の介入で命で落とすこともある。松岡さんは懸命に生きる動物たちを見てきたそう。
ここでは、「出没」ではなく「遭遇」なのだ。ならば、どうすればよいのか?
上高地には生息するのはツキノワグマである。
「見てください、ツキノワグマは見た目は可愛いのです」松田さんが写真を指さす。ツキノワグマの体長は大人の女性ほどで、目はクリクリとしている。成獣になっても犬のようにも、子熊にも見える。
クマの警戒心はクマ鈴を鳴らさなくてもよいほど強く、臆病なので自分を守ろうとする。さらに、子熊を持つ親熊は子を守るために攻撃的になる。可愛いからと近寄ったり手を出したり撮影するのは、重大な事故へと繋がる禁止行為だ。思わず遭遇した場合も、大声を出したり走って逃げたり追い払うのも逆効果だ。
また。犬の数十倍の嗅覚で食べ物を嗅ぎつけ狙う、食べ物を放置しないことも鉄則だ。少なくとも、このような正しい知識を持てばクマとの事故を減らせる。(※上高地以外や近年のクマの異常行動はこの限りではありません)
「では、基本的な知識をお話ししたところで、早速上高地を案内しましょう」と歩きだした松田さんの後ろに続いた。
梓川と河童橋
澱みもなく、心地よい音を奏でる川の前で立ち止まる。一級河川梓川である。
「さて、この位置が右岸か左岸かわかりますか?」
「右岸です!」
「その通りです!基本的なことですが、上流から下流に向かって右側が右岸、左側が左岸と決められています。」
目の前の槍沢を源流とする梓川は、松本市で奈良井川と合流して犀川(さいがわ)と名を変える。その先もいくつかの川と一緒になりながら、川中島で千曲川と合流する。そして、新潟県境で日本一長い信濃川と名を変え日本海に注ぐのだ。実に壮大である。
「この上高地は冬の間は閉山をしているので、記録というのがあまりないのです。実のところ、この河童橋という名の由来もはっきりしていません」
芥川龍之介の小説『河童』で広く知られるようになった橋だが、深い淵に河童がいるとも、ここが街道なので脱いだ着物を頭に乗せて渡る姿が河童に見えたとも。
河童橋から望む穂高連峰には3000m級の山々が並ぶ。影のある尾根は前穂高、真っ白の尾根が奥穂高だ。
「ここから見えるノミで削ったようなU字谷は何によってできたか分かりますか?」
松田さんから地理の問題だ。
7・8万年前の氷河侵食によって地表がU字状に削り取られて生じた侵食谷がU字谷である。 アルプス山脈やロッキー山脈、ヒマラヤ山脈などの山岳地帯に多く存在し、日本ではこの周辺などで観察される。ここからは見えないが、真裏の涸沢も槍ヶ岳もU字谷だ。
さらに、氷が溶け水となり上高地に集まってV字谷となったのが、ちょうどこの梓川のあたりだ。水は深く削るため、実際は280m下が本当の川である。
今見ているこの景色は、氷河期に形成されたものである。だが、この大自然の景色はどんどん変化していると松田さんは話す。それはどういうことか?
松田さんのガイドは続く
上高地ウェブサイト https://www.kamikochi.or.jp/
上高地ビジターセンター https://www.kamikochi-vc.or.jp/