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アジアのリアルを伝えたい。100人のポートレート 写真家・是本信高さん


『100 Asian Portraits 100人のアジア人の肖像 是本信高写真展』が、福岡市博多区のアジア美術館で開催された[2023年1月5日(木)~10日(火) ]。福岡を拠点に活動する写真家・是本信高さんが、1年半に渡って撮り続けたモノクロフィルムによる肖像写真100点を展示。


肖像写真は、コミュニケーション

モノクロの肖像写真といえば、企業の応接室に並んだ先代社長の面々や仏間に架けられたご先祖さまの写真が思い浮かぶかも?

ところが、是本さんの写真はどうだろう。ハスの花をバックに微笑むアオザイ(ベトナムの民族衣装)美人や、サリー(インドの民族衣装)の裾をひるがえして踊る女性、大笑いしている男性や横顔を見せているエキゾチックなレディまで、実にさまざまだ。

これって、肖像写真なんですか?

「そうですよ~。人物写真には、大きく分けて肖像写真とスナップ写真のふたつがあります。両者の違いは被写体(モデル)の意識の違い。モデルが撮られることを意識していれば肖像写真、無意識のうちに撮影されものはスナップ写真です。いかめしい顔で正面を向いている写真だけが肖像写真じゃないんですよ」と是本さん。

ライフワークとしてベトナムを中心としたアジアの人々のスナップ写真を撮り続けてきた是本さんが、コロナ禍で渡航できなくなったのをきっかけに日本に暮らすアジア人を撮り始めたのは、2021年5月のことだった。

写真家・是本 信高(これもと・のぶたか)

Profile/福岡の大学でインテリアデザインを専攻し、パキスタンやトルコ、ポルトガルなどを放浪後、東京のフォトスタジオで大型カメラの撮影技術を学ぶ。1999年、福岡にてライター:西岡裕子とP-HOUSEを結成。企業広告、雑誌などの撮影を行う。カイロ(エジプト)、ヘルシンキ(フィンランド)、サンフランシスコ(アメリカ)、バンコク(タイ)など海外取材多数。

「僕が、ベトナム旅行に行けないもどかしさより、故郷に帰りたくても帰れないベトナム人のほうが、ずっと大変な思いを抱えているに違いない。(主に)福岡で暮らしながら、帰郷できないでいるベトナムの人たちの写真を撮ることで、その思いを伝えられたら」

一人ひとりときちんと向き合って、コミュニケーションをとるために、是本さんは、スナップ写真ではなく、肖像写真を選んだ。

「最初は、いかにも肖像写真っぽく、正面のバストアップで統一しようと考えていましたが、モデルさんたちは、みんな個性的で、好き勝手にいろいろなポーズを決めてくるので、型にはめるのは無理だなって諦めました(笑)。ポートレートって、カメラマンとモデルの共同作業で完成するものですからね」

100人のアジア人を撮る

100人というのは、最初から?

「ベトナム語で100は、một trăm(モッチャム)。日本語でもそうですが、100といえば、100%とか100点満点とか、そんな意味あいがあって、なんだかキリがいいので、単純にベトナム人を100人撮ろうとスタートしました。ところが、途中いろいろありまして(笑)。

ちょっとした勘違いで、ある日、撮影現場にやってきたのは、ネパール人の女の子!

でも、せっかく来てくれたのに断れないじゃないですか。そこから、いきなり被写体がアジア全域に広がっちゃったんですよ」

と是本さんは人懐っこい笑顔を浮かべた。

最終的には、ベトナム、ネパール、インドネシア、ミャンマー、パキスタン、フィリピン、カンボジア、韓国、中国、台湾、バングラディシュ、ヨルダン、カザフスタン、キルギス、タイ、ラオス、トルコ、モンゴルと、実に18か国のモデルさんが集まったとか。

勝手に観光親善大使!?

「まぁ、結果オーライでしょ(笑)。キルギスとかモンゴルとかミャンマーとか、あまり、なじみのなかった国の人のお話が聞けたのも、よかったですね。

日本語があまり通じなかったり、僕自身、英語がそんなにできなかったりしても、みなさん、とてもフレンドリーで、初対面の僕に自分自身や両親、果ては祖父母の馴れ初めに至るまで、プライベートなことまですごくオープンに話してくれて。話が盛り上がって一緒にごはんを食べに行ったことも数知れず。モデルさんたちの大半は20代ということもあって、今も、多くのみなさんとSNSでつながっていて、応援のメッセージをくれたりするんですよ」

こうして、知るほどに行ってみたい国が増え、それをたくさんの人に知らせたいという思いが強くなったという是本さんは、満面の笑みでひとこと。

「僕、勝手に観光親善大使をやってます!

一眼レフと二眼レフ。フィルムカメラのこと

ここで少し、カメラのお話を。

今回、是本さんが使用したカメラは、ROLLEIFLEX(ローライフレックス)、HASSELBLAD(ハッセルブラッド)、Contax(コンタックス)。

ROLLEIFLEXとHASSELBLADは61.5mm幅のブローニーフィルムを使用する中判カメラで、Contaxは35mmの小型カメラ。それぞれの特徴を生かすため、また一期一会の撮影に失敗は許されないため、3台のカメラを使ったのだそう。

「ROLLEIFLEXは二眼レフカメラの王様。ドイツ製で、僕が持っているのは60年くらい前のものです。ファインダーを上から覗き込むスタイルなので被写体が緊張しないで自然な雰囲気が撮れるのが、いい。6×6の正方形の写真が撮れます。HASSELBLADは一眼レフで、スウェーデン製です。こちらは三脚を据えて距離を取り、客観的に撮っています。

ものすごくザックリ言えば、一眼レフと二眼レフの違いは、レンズの数の違い。二眼レフには撮影レンズと、写りを確認するファインダーレンズの2つのレンズが搭載されていて、一眼レフには、その2つを一緒にしたレンズが1つ付いています。ROLLEIFLEXの方が歴史が古く、設計が素直なので、ボケがきれい。奥行きのある、やわらかい写真が撮れる気がしますね」

まるで子どもがお気に入りのおもちゃを手にしたときのような顔で、是本さんは語る。

その笑顔に力をもらいました

是本さんは、緊張をほぐすことも兼ねて、撮影前にまず、iPhoneで全員のインタビュー動画を撮り、その思いを聞いた。

『コロナ禍で日本での就職が取り消しになった』『故郷に残して来た子どもに会えない』『祖国のおばあちゃんのお葬式に出られない』『結婚式があげられない』『就職先がブラック企業だった』『政情不安定な母国にいる家族が心配』…。必ずしもコロナだけが原因ではない、彼ら彼女らが抱える複雑な事情が浮かび上がってきた。だが、そんな苦労を感じさせないほど、みんな前向きで、明るい笑顔を見せてくれたという。

「撮影している僕の方が、逆に力をもらいました」

実際に会って感じたことを伝えたいから

是本さんは、モデル探しからアポイントメント、モノクロフィルムでの撮影、現像、プリントまでを一貫して手がけている。

「現像やプリントはラボにお任せすることもできるのですが、『彼女は柔らかい雰囲気で仕上げたいな』とか、『彼はコントラストをつけて力強さを強調したほうがいい』とか、僕がモデルさんから受けた印象をきちんと伝えたかったので、全て自分の手でやりました。

僕は小さい頃、絵描きになりたかったんです。そのせいか、真っ白な印画紙にネガの陰影による映像が浮かび上がってくる銀塩プリントは楽しいですね。まるで白いキャンバスに絵を描いているみたいで…」

モノクロ銀塩写真。本物を観て欲しい

ちょっと化学の実験みたいな話をすると、銀塩写真とは、銀塩(ハロゲン化銀)を使った感光乳剤を塗布したフィルムに光を当てて化学変化させ、反応した部分を現像処理し、プリントしたもの。ハロゲン化銀の結晶粒子は1ミクロン以下といわれるから、非常に微細な銀の粒子で構成される銀塩写真は、肌の質感や瞳の輝き、表情の明るさまで生き生きと表現できるというわけだ。

難しい話は抜きにしても、

「とにかく本物を観ていただきたい」と是本さん。

「観光地のYouTubeなどを見て、行ったつもりになっていても、実際に現地に足を運んでみると全然違うことってあるでしょう? その場の空気とか匂いとか。

デジタル出力とはひとあじ違う、モノクロ銀塩プリントをぜひ、ナマで観て欲しい。そして、異国で暮らす彼ら彼女らの思いを感じていただければうれしいです」

実のところ、銀塩写真を取り巻く環境は、今、かなり厳しい。

カメラ本体もだが、フィルムや現像に必要な機材やパーツ、感材は、高騰しているうえに入手困難になるばかりだという。

「それでもやっぱり、フィルム写真を撮り続けたい」という是本さん。次は何を見せてくれるのだろうか?

『100 Asian Portraits 100人のアジア人の肖像 是本信高写真展』

https://faam.city.fukuoka.lg.jp/exhibition/16518/

https://www.instagram.com/nobutakakoremoto/

#アジ100 #asia100 #portraitphotosof100Asians

参考文献:図解雑学 銀塩写真 丹野清志 著 ナツメ社