民俗学は無限大!第12章「推しはご当地油揚げ!」
「南関あげ」だけにあらず
各地に存在する個性派油揚げ
なにを隠そう、筆者は「油揚げ」が大好きである。
ご存知の通り、油揚げは豆腐を揚げたものだが、豆腐より旨みが濃く、食べ応えがある。なにより低糖質、高タンパク質と、筋トレを日課とする筆者にはなんともありがたい食材だ。
なかでも熊本県南関町の「南関あげ」は魔法の食材だと思っている。サクッと切って入れるだけで、いつもの味噌汁が信じられないほどおいしくなる。お揚げのふわふわ感もたまらない。南関あげで作ったおいなりさんなんぞ、ダシをたっぷり含み驚くほどジューシーだ。ずいぶん前の話だが、南関町に取材に行ったとき子どもが南関あげをおやつとしてバリバリ食べていて驚いた記憶がある。
さて、そんな油揚げ界が近ごろなんだか騒がしい。南関あげのようなご当地油揚げが各地に存在し、福井県には「油揚げ界の王様」なる逸品があるらしい。とあらば、行かねばなるまい、福井へ!
まずは油揚げの基本をおさらい
「薄揚げ」と「厚揚げ」の違いは?
油揚げの歴史やキツネとの関係など、まずは民俗学観点から油揚げに迫ってみたい。と、その前に、混同ちがちな「薄揚げ」と「厚揚げ」の違いを明確にしておこう。もちろん、どちらも豆腐が原料だが、作り方が違う。「薄揚げ」は、豆腐を薄切りにして水分を抜き、油で揚げたもので、2度もしくは3度揚げをするため、中までしっかりと火か通っているのが特徴だ。一方、「厚揚げ」は、厚切りにした豆腐を油で揚げたもの。
表面だけを揚げるため、外はカリカリ、中は柔らかい豆腐のままで、「生揚げ」とも呼ばれる。一般的に「油揚げ」というと「薄揚げ」のことを指すが、新潟県の「栃尾揚げ」ように厚揚げに分類されるであろうモノも「油揚げ」と呼ばれることも珍しくない。よって、今回は特別な表記がない限り、「薄揚げ」「厚揚げ」ひっくるめて「油揚げ」とする。
精進料理として生まれた油揚げ
庶民に広まったのは江戸時代
油揚げの起源は室町時代、僧侶が生みだしたといわれている。肉の代用としていた豆腐をより肉に近づけようと油で揚げたのがはじまりだという。
重石をのせて水分を抜き、2度揚げしたというから現代の「薄揚げ」に近いものであろう。そんな油揚げが一般的に広まったのは江戸時代のこと。とはいえ、当時油は高級品であったため、油揚げを口にすることができたのは身分の高い武士や僧などに限られていたとそうだ。
庶民の間に定着したのは、食用油が安く出回るようになった江戸中期以降。天明2年(1782)に刊行され大ベストセラーとなったレシピ本『豆腐百珍』では、「油煤(あげ)とうふ」が紹介されている。これは水切りした豆腐を素揚げしたもので、現代の「厚揚げ」にあたる。そこから各地にどう伝わってご当地油揚げが誕生していったかは定かではないが、地域によって大まかな特徴はあるようだ。
例えば、高温多湿である九州地方では、水分を抜いてカラカラに乾燥させるという。確かに、筆者が愛する熊本の南関あげはカラッカラで、長期保存が可能である。一方、雪深い北陸地方では冬のタンパク源として、分厚く、食べ応えのある油揚げが発展していったといわれている。
油揚げはキツネの好物なのか?
「きつねうどん」の由来は?
歴史がわかったところで気になるのが、キツネとの関係である。油揚げはキツネの好物とされ、キツネを奉るお稲荷さんへのお供え物でもある。「きつねうどん」にいたっては、“キツネ=油揚げ”である。
はて、どういうことだ?ということで、さっそく調べてみた。
まずは、キツネの好物は油揚げなのか?について。答えはもちろん、ノーだ。
キツネはネズミやウサギなどの小動物を好んで食べる。そのため、日本ではキツネはネズミから農作物を守ってくれる神の使いとしてくから崇められ、この民衆信仰がやがて「お稲荷さん」となったという。当初は、ネズミを油で揚げたものをお供えしていたが、動物の殺生はよくないという仏教の教えから代わりに油揚げを使うようになったとか。
ちなみに、いなり寿司の「お稲荷さん」は、五穀豊穣の神であるお稲荷さんに、油揚げを使って米俵をかたどった寿司をお供えしたのがはじまりだという。
では、「きつねうどん」のように油揚げをキツネと呼ぶのはなぜか?実はこれは意外と単純で、油揚げのこんがりと揚がった色がキツネの色に似ているから、とか。諸説あるようだが、「きつね色」という表現もあるので、納得感はある。
油揚げ界の王様たる風格をまとう
福井県の「竹田のあぶらあげ」
いよいよ、油揚げ界の王様とご対面である。そのお方は、福井県にいらっしゃるという。福井といえば、2022年の1世帯あたりの油揚げ・がんもどき購入額が60年間連続で日本一を誇る、正真正銘の油揚げ王国だ。
しかしながらなぜ福井人はそれほど油揚げを好むのか?
それは、福井のもう一つの顔、仏教王国であることが一因という。特に信仰されている浄土真宗の最大の催事、「報恩講(ほおんこう)」の料理として、油揚げが振る舞われており、いつしかそれが一般家庭に根付いたといわれている。
そんな歴史ある油揚げ王国のなかで圧倒的な支持を集めるのが、福井が誇る禅道場「永平寺」からほど近い坂井市で作られる「竹田のあぶらあげ」である。さっそく専門レストランで揚げたてと対峙する。
まずは、風格ある佇まいに圧倒される。黄金色に輝くそれは座布団のようで、約13cm四方、厚さも約3cmと巨大。
大口でかぶりつくと、表面カリカリ、中はふんわりエアリー。
口の中いっぱいに大豆の旨みがジュワ~ッと広がる。
おぉぉ!次は塩をつけて食べてみる。
ほぉぉ!甘みがグッと増していくらでもイケる。
サイズが大きいため食べ切れるか?という不安もなんのその。特製醤油やポン酢などで味変を楽しみながら一枚ペロリ。うむ、なるほど。確かにうまい。福岡から飛行機に乗ってわざわざやってきた甲斐、大アリだ。
新潟、宮城、京都にも!
個性あふれるご当地油揚げ
最後に「南関あげ」「竹田のあぶらあげ」とともに人気のご当地油揚げを簡単にご紹介したい。まずは、新潟県長岡市(旧・栃尾市)の「栃尾揚げ」。江戸時代から存在する油揚げで、厚みある豆腐を2度揚げすることで実現するふんわりジューシーな味わいが特徴。一帯には16軒ほどのあぶらあげ店が点在し、その場で食べられる店もたくさんあるという。
次に、大豆の一大産地である宮城県の「三角油揚げ」だ。なかでも仙台市定義エリアにある老舗豆腐店のものが有名で、工場併設の店で揚げたてが味わえるそうだ。また、京都の油揚げ、「おあげさん」も忘れてはならない存在。上記3つとは異なり、こちらは薄揚げタイプ。薄いとはいえ肉厚感があり、モチモチとした食感が楽しめる。味は上品で、おばんざいに欠かせない存在だ。
油揚げとひと口にいえど、地域ごとで個性いろいろ。ぜひ現地でその味わいを堪能してはいかがだろう。
○南関あげ(熊本県南関町)
https://www.town.nankan.lg.jp/bunkakanko/
○竹田のあぶらあげ(福井県坂井市)
○栃尾揚げ(新潟県長岡市)
http://tochiokankou.jp/album/aburage.html
○三角油揚げ(宮城県)