民俗学は無限大!第8章「番茶は民俗学だ!」
奥深き庶民のお茶文化、番茶とは?
今回のテーマは番茶である。一般的に「番茶」というと、二番茶以降に摘み取った葉を使った低価格のお茶を示すが、ここでいう番茶とは「地方番茶」だ。「地方」と付く通り、地方ごとに製法や利用法が異なる、いわば郷土料理のようなものである。驚くことに、煎茶(いわゆる現代の日本人が日常的に飲んでいるお茶)が生まれたのは江戸時代中期以降のこと。しかし当時はかなりの高級品で、庶民には高嶺の花。一般にも広く普及しはじめたのは幕末~明治時代と、意外にも煎茶の歴史は浅い。
では、それ以前に庶民は何を飲んでいたのか?抹茶か?いや、そんなわけはない。それこそ、上流階級のものだ。そう、答えは番茶だ。先にも述べたが、この番茶というのが地域によって個性があって実にオモシロイ。泡立て飲んだり、乳酸発酵させたり、はたまた煮出した汁を料理に使ったり——。その土地ならではの風習や文化を楽しむ旅を提案する「民俗学は無限大」にはもってこいのテーマなのである。
と、知ったような口ぶりだが、筆者が番茶の奥深き世界を知ったのはつい先日のこと。番茶にハマったのをきっかけに日本茶専門店をはじめた店を取材する機会があり、店主の話を聞くにつれ、その個性にハマったというわけだ。その店とは、福岡にある「茶舗ふりゅう」。若き店主・池松さんに教えていただいた内容を交えながら、魅惑の番茶の世界をご紹介したいと思う。
ツバキの仲間であるお茶の木
まずは、お茶の基礎知識から。お茶は、不発酵茶(日本茶全般)、半発酵茶(烏龍茶など)、発酵茶(紅茶)、後発酵茶(中国黒茶など)の4つに大別される。それぞれでお茶の木の種類が異なるのではなく、発酵するか否か、またその具合などによって分けられる。と、ここまでは常識レベルだろうが、お茶の木に花が咲くことをご存じだろうか?10月~11月ごろに見られる白くて可憐な花で、ツバキの花によく似ている。
それもそのはず。お茶の木はツバキ科の常緑樹なのだ。花言葉は「純愛」と、なんともロマンチックだが、お茶農家にとっては翌年の茶葉への栄養をとってしまう厄介者。そのため、咲く前に摘み取ってしまい、茶畑でお茶の花を見ることはほとんどない。
中国からもたらされた茶の湯文化
お次はお茶の歴史を紐解いてみたい。とはいっても、日本におけるその起源は定かではない。平安初期に遣唐使や留学僧によって中国(唐)からもたらされたというのが有力な説で、当時は薬や解毒剤として用いられていたという。一方で、茶の祖というと、臨済宗開祖の栄西を思い浮かべる人も多いだろう。栄西は鎌倉時代に中国(宋)に渡り、天台宗の教えを学ぶとともに、茶の効能に感銘を受けてその種を日本に持ち帰った僧侶。帰国後、臨済宗の布教活動とともにお茶の栽培やお茶にまつわる文化を広めた。
ちなみに、その時のお茶は碾茶(てんちゃ)で、茶葉を粉末状にして溶かして飲む、いわば抹茶のようなものであった。さらに、栄西が中国から持ち帰った、修行の合間や就寝時にお茶を飲むという禅宗の礼法「茶礼(されい)」はやがて茶の湯(茶道)につながっていく。
茶の湯とは由来が異なる庶民のお茶文化
さて、ここからが本題の番茶である。番茶は、栄西に端を発する茶の湯文化とは異なり、庶民の日常茶として古くから存在していた。実は、庶民の日常がゆえに記録が残されておらず、その起源もルーツもわかっていない。ただ、茶の湯が成立する室町以前から庶民の茶の風習は成立していたようである。
もちろん、使っていたのは、栄西がもたらしたお茶ではなく、ヤマチャと呼ばれる自生茶や薬草だった。いずれにせよ番茶は自然の流れのなかでその土地、土地で生まれた個性あふれるお茶である。作り手がいなくなり途絶えてしまったものも多いのだが、現代でも楽しめる番茶をいくつか紹介したい。
泡立て味わう、神宿るバタバタ茶
まずは、室町時代からの歴史をもつという富山県朝日町のバタバタ茶。これは飲み方に特徴があり、抹茶のように茶筅で泡立てて飲む。北陸や山陰地方でもみられる「振り茶」と呼ばれるもので、地域によっては塩を入れたり、豆など具材を加えたりするのだが、朝日町では何も加えない。煮出したお茶を茶碗に入れて茶筅で泡立てるのだ。そうして完成したバタバタ茶は、思っていたほどの泡立ちはなく、飲んでみるとほのかに甘い。プーアル茶に近い味わいだ。
試しに、泡立てないそのままのお茶も飲んでみた。気持ちまろやかさが増したような気もするが、さほど違いがあるようには思えない。はて?では、なぜわざわざ“泡立てる”という手間をかけるのか?聞けば、「泡がたつ」の「たつ」に意味があるそうだ。「虹がたつ」「霧がたつ」という通り、かつて日本人は自然現象に神意を感じており、「泡がたつ」ことは神がそこに宿り、お茶の薬効が増すと信じられていたのだという。うむ、オモシロイ。「森羅万象に神宿る」精神がお茶にまで息づいているとは。そう聞くとなんだがありがたい味がしてきた。
乳酸発酵させる阿波番茶と碁石茶
作り方が個性的なのが、発酵させて作る徳島県上勝町の阿波番茶だ。「発酵」といえ、茶葉がもつ酵素を利用する烏龍茶や紅茶の発酵とは異なり、外からとりついたカビやバクテリアの力で乳酸発酵させる「後発酵(こうはっこう)」である。夏の暑い日にヤマチャの茶葉をごっそり刈り取り、大釜で茹でて、揉んで、大きな桶に漬け込んで2~3週間。
十分に発酵したらムシロの上に広げて3日間ほど天日干してよやく完成する。蔵や桶にすみつく土着菌で発酵させるため、生産者ごとに味わいが若干異なるのだが、乳酸発酵独特の酸味と香りは共通した特徴だ。かつて大学生400人を対象に実施した嗜好調査で、阿波番茶をもう一度飲んでみたいか?と問うたところ、80%以上が「否」と答えたという。その反面、ハマる人はとことんハマる、クセの強い魅惑のお茶である。筆者的には爽やか酸味のさっぱりとした飲み口でキライではない。こってりとした料理との相性が良さそうだ。ちなみに、阿波番茶と同じ乳酸発酵にさらに“カビづけ”工程を加えたのが、高知県大豊町の深い山中で作られる碁石茶。阿波番茶よりインパクトのある味わいで白菜漬けのような味といえばよいのか。郷土食としてサツマイモとご飯を碁石茶で炊く食べ方があるそうだが、なるほど確かにおいしそうだ。
製法ワイルド、味わいマイルド美作番茶
飲んだ後に思わずプハ~ッと言ってしまう、ホットと和める番茶を最後にご紹介しよう。岡山県の東北部、美作地方で古くから作られる美作(みまさか)番茶だ。土用のころの暑い日に茶葉を枝ごと刈り取り、大きな鉄釜で茹で、炎天下で煮汁をかけながら干す、「日干番茶」と言われるものである。干しているのに、なぜまた煮汁をかける?と不思議に思うが、これは煮汁をかけることでより味を染み込ませるためだとか。ゆえに完成した茶葉は飴色で、旨みと香りが強い。すっきりとした味わいで、冷やしてグビグビ飲むにはぴったりのお茶である。
ここまで4つの番茶を紹介してきたが、まだまだ地方独自の番茶は全国各地にある。煮る、蒸す、焼く、炙る、干すと、製法もさまざまだ。先にも述べたが庶民のための日常茶なので、ブランド化などされておらず、直売所などで袋にがっさり茶葉を詰めて数百円で販売しているなんてこともあるようだ。今回ご紹介した番茶の地だけでなく、旅をした際にはぜひその土地ならではの番茶を探してはいかがだろう。ちなみに、「茶舗ふりゅう」では今回紹介した4つの番茶のほか、厳選した各種日本茶、店主オリジナルのブレンドティなどを提供しており、日本各地への旅気分が楽しめる。
- 茶舗ふりゅう
- 所在地/福岡県福岡市中央区清川1-6-9-2F
- 営業時間/11:00~18:00(月曜のみ11:00~17:00、18:00~22:00)
- 定休日/火・水曜、月末29・30・31日
- https://www.chahofuryu.com/