ミドルのローカル旅① 列車の粋な旅〜大分 熊本 豊肥本線〜
輸送密度最少って実は穴場じゃないか?
とあるニュースが雑学と穴場好きの旅心をくすぐった。それは「JR九州『2023年輸送密度』最少は豊肥線の宮地―豊後竹田」。そして、輸送密度※1って何?という感心と同時に、最少ってことは穴場じゃないか?と湧く。
そう、豊肥本線は世界でも有数の大型カルデラを持つ熊本の阿蘇山を横切って九州の中部を横断し、大分とを結ぶ希少な路線である。
しかし、2016年に発生した熊本地震により豊肥本線もその被害を受け、阿蘇駅 – 肥後大津駅間が不通になった。それから4年後の2020年に全線開通に至っている。
とあれば、確認のために乗車せねば!という独自の使命感に駆られ熊本へ向かう。
この日は、熊本駅発の九州横断特急が5番目に停車する「肥後大津駅」から乗車することにした。豊後竹田までの1時間半の旅である。ちなみに、ここまでが電化区間その先は非電化区間となる。補足すると、豊肥本線は全38駅のうち、非電化区間が24駅と大半を占めている。
「本日は定刻より5分ほど遅れる見込みです」
みどりの窓口で予約した切符を受け取ると駅員さんから声がかかる。
さらに、改札に進むと「おはようございます。切符を見せてください」
と、今度はセーラー服の学生2人から声をかけられた。聞くと、地元の中学生の職場体験のようで、二人は顔を見合わせながら不慣れだが丁寧に印を押してくれた。
電子掲示板が見当たらないホームでしばらく待つと、定刻の2分遅れでカンカンカンと遮断機音が響き、赤い車両が視界に入ってきた。車両は指定席と自由席の2両編成。いざ乗車すると、なんと2両とも満席。通路には大きな荷物とともに外国人旅行者があふれていた。(あれ?輸送密度なんて関係ないな…)
※1輸送密度
旅客営業キロ1kmあたりの1日平均旅客輸送人員のこと、計算式は、「輸送密度=年間輸送人キロ÷営業キロ÷365日(閏年は366日)」
豊肥本線の車窓から
肥後大津駅を発ち10分ほどで、車窓に一級河川の白川が見えはじめると次の停車駅である立野駅だ。ここから高森へ向かう乗客は乗り換えのため下車する。そして、立野駅を発つやいなや逆方向にスイッチバック※2がはじまった。これまでの走行音にウンウンと唸るような音が加わり、微かに機械オイルのような香りがした。勾配があるところをゆっくりと走行しているようだ。
ある程度登りきったと感じるころ、視界が一気に広がった。そう、阿蘇のカルデラ内に入ったのである。車窓には2021年に開通した新阿蘇大橋、震災で崩落した姿のままの旧阿蘇大橋、白糸の滝、阿蘇五岳※3のパノラマが広がる。
いずれも、唯一無二の絶景だ。旅に出て正解だった。
※2スイッチバック
急勾配を伴う地形における折り返し式(ジグザグ運転を伴う)鉄道線路
※3阿蘇五岳
阿蘇山はカルデラと中央火口丘群で構成されており、その中核である根子岳、高岳、中岳、杵島岳、烏帽子岳の五峰を阿蘇五岳(あそごがく)と呼ぶ。
名曲が迎える豊後竹田駅に降り立つ
阿蘇山を背景にする阿蘇駅では多くの乗客が下車した。阿蘇ユネスコ世界ジオパークだけに、人気は不動のようだ。ここからは座席に空席ができ、やっと座ることができた。次の宮地駅あたりから、車両にバチバチと枝葉があたる音がする。よほど幅の狭い切り立った場所を走行しているのだろう。車窓から岩肌や滝が間近に見え、まるで大自然というテーマパークを走行するアトラクションのよう。
その後、いくつかのトンネルを経由しながら県境を跨ぎ大分に入った。すると、今度は全く違った九重山間部の景色に変わった。
最少輸送区間である豊後竹田駅で下車すると、何やら音楽が聞こえてくる。
そう、「荒城の月」※4のメロディだ。1951年当時は竹田町民から寄贈されたレコードを使って、改札を担当する駅員が列車の発着時に流していたそうだ。
メロディに迎えられながら、ホームから断崖(落門の滝)を見上げると月が見えた。実は、井路に水が流れる季節にはここから落水を見ることができる。ミドルには粋な演出だ。
ちなみに、豊肥線の宮地―豊後竹田間が最少輸送区間と言われるのは、駅と駅の距離が長く険しい県境なのも理由の一つだろう。そもそものこの間は本数も少ない。だが、夕方の豊後竹田駅の待合所には多くの学生がいた。なくてはならない交通手段だろう。
穴場な列車旅をしたところで、次のスポットへは歩いて向かうとしよう。
※4荒城の月
土井晩翠作詞・滝廉太郎作曲による歌曲。哀調をおびたメロディと歌詞が特徴。大分県竹田市・岡城跡がモデルとされている。