ニッポンを知る旅・北陸金沢編〜石川のテロワール~
金沢の夜、何食べる?何飲む?
「日本海の海の幸に加賀野菜…金沢のおいしいものを堪能するなら、和食に日本酒で決まり!」
みなさん、そう思うでしょ。でも…
今夜はあえての、ちょい変化球で。
訪れたのは、「A la ferme de Shinjiro(ア・ラ・フェルム・ドゥ・シンジロウ)」。
金沢の人気観光スポット・ひがし茶屋街のほど近く。大正期の金沢町家(注1)を改装した洒落た建物の2階にある隠れ家的なフレンチレストランだ。
有機栽培による農産物やその加工品を取り扱う「金沢大地」(代表・井村辰二郎)のグループ会社「金沢ワイナリー」が運営しているとあって、1階にはワイン醸造所を備え、自社農園の葡萄と石川県産の葡萄を使用したワインを製造している。
「辺鄙な場所にあることが多いワイナリーを、足を運びやすい町の中心部に設けました。みなさんにもっと気軽にワインツーリズムを体験して欲しいというのがコンセプトです。醸造の時期になると、代表の井村自らが毎日のピジャージュ(注2)を行うほどの意気込みです。もちろん、地元の食材を使った、ワインにぴったりのお料理もお楽しみいただけます」
同レストランのシェフ・満田 浩さんは言う。
(注1)金沢町家:金沢市内にある伝統的な構造・形態・意匠を有する木造の建築物で伝統や文化を伝える歴史的建築物の総称。市内におよそ6,200棟ほど現存するが、毎年、約100棟ずつ減少しているという。
(注2)ピジャージュ:赤ワインの発酵時に上部に浮いてくる果皮や種を棹で突き崩して沈める作業のこと。これにより色素やタンニン分、アロマの構成分などを抽出する。「金沢ワイナリー」のタンクの容量は1000kg。かなりの力仕事である。
至福のひととき ワインと料理のペアリング
シェフの満田さんはソムリエでもある。せっかくなので、ペアリングをお願いしてみる。一皿ひとさらの料理に合わせたワインが注がれるという贅沢な趣向に期待が高まる。
アミューズは、麦茶を使ったサクッと香ばしいマカロン。米粉のサブレ、ほうれん草のクレープで巻いたスモークサーモン。薫香と旨みが効いたサーモンに自家製の柚子味噌が爽やかな香りを添える。穀類は全て自社製、野菜も地元産だ。一つひとつの素材の味がしっかりと感じられる上品なフレンチの一皿からは“和”の雰囲気も漂う。
合わせるワインは、石川県加賀市の篤農家が手塩にかけたデラウェアから作った「KAGAデラウェア2019白」。レストランではこのデラウェアを樽生サーバーに入れ微発泡のワインに仕上げ提供。口に含むと、甘い香りとは裏腹に、やや酸味のある軽快な飲み口。
料理に舌鼓を打ちつつ、再びワインを味わうと、
「あ!」
あまりの変わりように思わず声が漏れた。
口当たりがキリリとシャープに、よりドライに変化して、味わい豊かになった。
「ワイン単体で飲む、(相性のよい)食事と一緒に飲む。それぞれの違いを楽しむ、二度おいしいのがペアリングでしょうか」
満田さんが穏やかに微笑む。
石川のテロワールを感じて
今晩、いただいたのは「terroir(テロワール)」のコース。
自社栽培の穀物や地元の篤農家が育てた地野菜、里山里海に育まれた肉や魚まで、石川県産の選りすぐりの素材の味を生かしながら、丁寧に仕上げられた料理が続く。
繊細な味わいの料理にはそっと寄り添うように、スパイスの効いた料理にはそれに負けない個性で、選び抜かれたワインが料理とペアになって、幸せなマリアージュが完成する。
「アルコール度数も低めで味が優しい国産ワインからスタートして、徐々にしっかりとした味わいのフランスワインを交えていく…というような流れで全体を構成しています」
満田さんの言葉どおり、料理とワインは相互に響き合い、交響曲のように盛り上がっていく。
メインディッシュは能登豚のグリル。低温調理により独特のもちもちとした食感とさっぱりとした脂の甘みが引き出され、そこを金沢柚子のソースがピリッと引き締める。つけあわせのカブやキノコもそれぞれに滋味深く、里山の恵みを存分に感じられた。
ワインは「MARIAGE 加賀マスカットベーリーA 能登ヤマソーヴィニヨン 2019 レッド」を。
加賀と能登の2つのテロワールを味わえるエレガントな赤。重すぎず軽やかな味わいで、白い肉によく合う。
ちなみに、レストランの壁には「金沢ワイナリー」がぶどうを栽培する3か所の農園の土(珠洲の珪藻土、穴水の赤土、河北潟干拓地の粘土)が塗られているとか。
さらに、メイン料理の皿にも穴水の赤土が使われているというこだわりぶり。
とことん、テロワールを感じることができそうだ。
地域に根ざした食文化を育てる
満田さんは、25歳で脱サラして料理の世界へ飛び込み、26歳で本場のフレンチとその文化を学ぶため渡仏したというユニークな経歴を持つ。
ワインの銘醸地であるブルゴーニュでシェフとしての腕を磨く一方で、ワインのおいしさに開眼。かの地のワインや食文化に大いに触発されたという。
「僕がいたブルゴーニュの田舎町では、一軒レストランがあれば、その周りには10軒のワイン農家があるような感じ。ワインづくりにかける時間や手間、熱量がすごい。そして、その地域独特の文化が食事やワインや人柄に滲み出ていて、それが、なんとも魅力的に感じられました」
帰国し、東京のクラシックフレンチの名店で腕を磨いた後、縁あって開業時からシェフを任されることになった満田さんは、なにより地元・石川の地域色を大切にする。
「地元の土壌に合ったぶどうを植えてワインを醸造し、同じ土壌で育まれた食材と組み合わせて提供していくことで、レストランとしての魅力も広がるのではないでしょうか」
「金沢ワイナリー」の母体で、20年以上、有機農業を営む「金沢大地」は千年後もこの地を耕し続けられることを目指しているという。
その収穫を糧に、作り磨かれていく料理やワイン、そして食文化もまた、千年続くことを願いつつ、グラスを傾けた。
- 施設名:A la ferme de Shinjiro(ア・ラ・フェルム・ドゥ・シンジロウ)
- 住所:石川県金沢市尾張町1-9-9
- 営業時間:ランチ 11:30~15:00(L.O.13:30) 、ディナー 18:00~22:00 (L.O.20:30)
- 定休日:水曜
- 問い合わせ:076-221-8818
- URL:https://k-wine.jp